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◎9条改憲は首相案が適切

 

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◎9条改憲は首相案が適切
  チャンスは今年しかない
  北と中国で不可欠に
 25日の自民党大会を控えて、今年最大の与野党の争点となる改憲構想が固まってきた。自民党は、首相安倍晋三が昨年5月に提示した戦力不保持を定めた9条2項を維持した上で、自衛隊の存在を明記することを骨格とする方針を固めた。今後はこの線に沿って公明、維新など改憲勢力を糾合して、今年中にも発議して国民投票にかけたうえで改憲を実現する方針だ。占領軍に押しつけられた9条は明らかに、日本の戦力の骨抜きを狙ったものだが、改憲には戦後70年を経て北朝鮮の暴発や中国の海洋進出で極東環境が時代にそぐわなくなったことが大きく作用している。
 まず9条の内容に触れる。1項は「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」としている。また2項で「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」となっている。
  自民党党憲法改正推進本部は昨年十二月の論点整理で、九条一項と二項を維持して自衛隊の存在を書く案と、二項は削除して自衛隊を明記する案の両論を併記した。安倍は昨年五月に二項維持で自衛隊を3項に加憲する案を提示して、2020年までに施行する方針を明らかにした。一方、党内には、元幹事長石破茂ら「削除派」が二項削除で自衛隊明記をを主張している。しかしこの石破案は少数派にとどまっており、党内は圧倒的に「2項維持による加憲派」が多数で、首相案支持に回っている。
 その最大の理由が、安倍が大局を見ているのに対して、石破は見ていないからであろう。改憲という大事を実現するためには自民党が単独で突撃するようなことは、のちのちに禍根を残すからだ。公明の抱き込みはもちろんのこと、維新の賛成まで視野に入れているのだろう。維新は9条改正を初めて昨年の総選挙の公約に入れており、内容によっては同調する可能性がある。
 首相の主張する2項を削除しない場合の問題は、9条に関する分かりにくい解釈がそのまま残ってしまうことだ。自衛隊が戦力であるかないかの論争は、2項に「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と言う表現があるが、これを政府は「自衛隊は自営のための最小限の実力組織であり、2項の『戦力』には当たらない」と解釈してきた。吉田茂による「戦力なき軍隊」論が姿を変えていまだに続けられているのだ。自衛隊は世界有数の軍隊であり、保有装備・武器ランキングはアメリカ(核武装),ロシア(核武装),中華人民共和国(核武装)、日本の順と言われている。核武装なしでも4位なのである。
確かに世界有数の戦力を持つ自衛隊が「戦力でない」というのは国会でだけ通用する詭弁に過ぎないのだろう。だいいち、戦力不保持を削除すれば、発議後の国民投票で否決される可能性が高くなるとみられる。副総裁高村正彦は講演で「削除することは国民投票があるので困難」と訴えていた。
 もっとも、2項を維持して自衛隊を明記した場合「戦力」かどうかの整合性が常に問われることになる。筆者はこれもやむを得ないと思う。なぜなら絶対平和主義の公明党や他の野党の参加を促すためにはあえて「詭弁」を使って実利を取る方が、憲法改正戦略には得策であるからだ。憲法はもともと不磨の大典などではなく、諸外国では時代に合わせて常に改正しているのが実情だ。中国などは習近平の終身政権維持のために改正するほどだ。したがって、日本にある改憲アレルギーを除去するためにも、「詭弁」も衆生を教え導く巧みな手段である「方便」と考えるべきなのだ。これで蟻の一穴を開け、将来的に時代に即応した改憲を実現して行けば良いのだろう。
 幸い石破茂も「決まったことには賛成する」と発言しており、党内はよほど執行部が油断しない限り、まとまり、骨格を党大会に提示出来るものとみられる。この機会を失えば来年は天皇即位、参院選挙と日程が続くし、オリンピックという国事の前の政界混乱は世界に醜態をさらす。発議と国民投票は早ければ早いほどよいのだ。
 ◎俳談
【儚(はかな)きもの】
冬の虹すぐに消えたり妻呼べば 東京俳壇入選
 自然現象の中でも儚いものの象徴が冬の虹だろう。かかっても小振りですぐに消えてしまう。
虹は夏の季語であり、その夏の虹は雄大さと華やかさと儚さが共存すると言ってもいいが、冬の虹は儚さだけで成り立っている。だからかかるとすぐに人を呼びたくなる。人に知らせたくなる。 
声寒く入り来て虹を知らせたり 産経俳壇入選
「うー寒い」と言いながら帰宅して、茶の間を開け「今虹がかかっているよ」と伝えるようなイメージだ。冬の虹は珍しい季語でもあるが、珍しい季語にも時には挑戦してみることだ。儚いという本質をとらえつつ作句する。
安住敦の
冬の虹消えむとしたるとき気づく
は、まさに本質を突いた一句だ。