SSブログ

『 恐怖の男 』(ボブ・ウッドワード著)は、守銭奴か、それとも勇者か?

『 恐怖の男 』(ボブ・ウッドワード著)は、守銭奴か、それとも勇者か?
安保政策研究会理事長  浅野勝人


待望の「 FEAR  TRUMP IN THE WHITE HOUSE 」の
翻訳本が出版されました。タイトルは「恐怖の男」。単行本532頁。
著者のボブ・ウッドワードは、「ウォーターゲイト事件」の調査報道でニクソン大統領を辞任に追いやった伝説の記者。現在ワシントン・ポスト副編集長です。
近頃、読書量(読書能力?)が落ちて、1冊読むのに従来の2倍時間がかかります。それでも、この著書に限って、わかりづらい箇所は遡(さかのぼ)って読み返しながら一気に読了しました。

事前に報道されたトランプ大統領の暴言と無知蒙昧ぶりを語る側近
の言動から暴露本と思い込んでいました。確かに大統領をめぐる赤裸々なやり取りは数え切れなくありますが、トランプ政治を事実に基づいて正確に評価しようとする“むき出しの”外交青書、防衛白書。経済・財政・通商白書を思わせる生々しいレポートと私は思いました。
著述は政策全般に及んでいますが、的を安保政策に限って目を通してみます。


「撤退する方法を考えなければならない。腐り果てている。アフガニスタンのやつらのために戦う甲斐はない」トランプ大統領のことばにマティス国防長官(人望厚い元海兵隊大将)はあきれて目を剥いた。
マクマスター安保担当大統領補佐官(陸軍中将)は、トランプ大統領に米軍のアフガン駐留の必要性を理解させるための会議を招集して、(2017/7月19日)目標を明らかにし、論点の大枠を説明した。トランプは退屈そうで、ろくに聞いていなかった。5分ほどたってから、急に口を挟んだ。
「アフガニスタンについてこうゆう馬鹿馬鹿しいことを17年聞かされてきたが、なんの実りもないじゃないか。同盟国は役に立たない。給料をもらうだけで戦わない幽霊兵士に金をむしり取られている。アメリカは年間13億ドルも出しているのに最悪だ。彼らはアメリカの金を使って遊んでいる。今後いっさい金は出さない」
軍最高幹部の将軍と上級顧問たちは25分間にわたって叱責された。
「アフガニスタンが闇の世界に戻り、第2の9 ・11事件が最初と同じ根幹から発生したと指摘されるような事態を招くことは放置できません」
マティスの説得に「われわれの本土や安全保障を護るために、あれをしろ、これをしろと金のかかる話を聞くのはうんざりした。あそこはめちゃくちゃだ。ぜんぶ嘘っぱちだ。機能する民主主義にはならない。完全に引き揚げた方がいい」とトランプが言った。
会議の後、「あの男はすごく知能が低い」ディラーソン(国務長官<日本の外務大臣> 2018/3月13日、解任)は、一同に聞こえるようにいった。大統領補佐官は、トランプと全面対決するしかないと悟った。(マクマスター、2018/3月22日 解任)

ジョン・ダウト大統領顧問弁護士は妻のキャロルに、「辞める」といった。トランプに電話して、辞めると告げた。(日頃、トランプが言っていることを言い返したかったが)それを面と向かっていうことはできなかった。“ あんたはクソったれの嘘つきだ ”(499頁)


2018/1月19日、マクマスターが、シチュエーション・ルームで国家安全保障会議を開いた。大統領と上層部 ― ディラーソン、マティス、ケリー(大統領首席補佐官)、ダンフォード大将(統合参謀本部議長)、ゲーリー・コーン国家経済会議委員長(2018/3月8日、辞任)― が韓国に関連する問題を話し合った。
トランプはすぐに要点を衝(つ)いた。「朝鮮半島に大軍を駐留させることで、われわれは何を得ているのか? 台湾を護ることでなにを得ているのか?」駐留費用と米軍部隊についての執念をまた持ち出した。
「アメリカは、アジア、中東、NATOで他国の防衛に金を注ぎ込んでいる。韓国がどうして友好国だといえるのか?」
マティスとダンフォードは、安定した民主主義を必要とする地域で、それが得られている。韓国は最強の防御拠点であり、利益はきわめて大きいと説明した。
特別アクセス・プログラム(SAP)の情報活動によって、アメリカは北朝鮮のミサイルの発射を7秒で探知できる。それが韓国にないと、アラスカの施設で探知できるのは発射から15分後になると改めて説いた。
マティスは、軍とインテリジェンスの能力を軽視されるのにうんざりして、「私たちは第3次世界大戦を防ぐために、こういったことをやっています」
落ち着いた声だったが、にべもない言い方だった。そこにいた何人もが、時間が止まったような心地を味わった。
トランプは、貿易赤字180億ドルと在韓米軍2万8,500人の駐留経費35億ドルの問題をけっして取り下げようとはしなかった。
「こんなバカげたことをしていなかったら、アメリカはもっと金持ちになれたはずだ。アメリカはいいカモになっている。集団防衛は、カモのいい例だ」
「国内インフラ向けに1兆ドル捻出することもできないのに、中東では、支出が7兆ドルにおよんでいる。だれかを護ることばかりに、私たちは金を払っている。ビジネスのことがまったくわかっていない。クソったれ揃いだ」
マティスには、NATOや中東の友好国や日本 ―ことに韓国― に、アメリカが喧嘩を仕掛ける理由が理解できなかった。
マティスは親しい補佐官に「大統領はまるで“小学校5、6年生のように振舞い、理解力もその程度しかない」と言った。


この時から11か月後、マティス国務長官は、今月20日(2018/12月)トランプ大統領に辞表を提出し、来年2月に退任することが決まりました。
辞任のきっかけは、トランプ大統領が、19日、シリアで過激派組織「イスラム国」と戦っている米軍2,000人の完全撤収を発表したことによります。同時にトランプ大統領は、アフガニスタン駐留米軍の半数にあたる7,000人を撤収するよう軍に指示したという報道もあって、ホワイトハウスと軍との方針が混迷しています。このためマティス長官は、同盟国の防衛や国際秩序を維持するアメリカの責任を強調して、最後の説得を試みましたが、入れられず、「抗議の辞任」をしました。12月は、ジョン・ケリー大統領首席補佐官(元海兵隊大将)の辞任に次いで2人目です。これで、マクマスター、ケリー、マティスと同盟重視・国際協調派の軍首脳はトランプ政権から姿を消しました。

「恐怖の男」を読み終えて、これではドナルド・ジョン・トランプを支持する人は一人もいなくなってしまうのではないかと思いました。
ところが、ベストセラーになった後のアメリカ、多くの人が「FEAR」を読んだ後のアメリカで、40%の人がトランプを支持しています。日本における安倍晋三と同じレベルの支持率です。
アメリカの人々は、歯に衣を着せない露骨な表現で、安保政策の転換をもとめ、移民の受け入れを拒否し、中国による知的財産の盗用をののしる大統領の政治姿勢に共感している人が少なくないからです。とりわけ、自由社会の平和と繁栄のために、自らの犠牲を顧みず、同盟国との友好関係を重視する国際協調を優先してきた歴代の大統領の政治にNOを突き付けるトランプの孤立主義、アメリカ第1主義に納得する人が少なくないからです。これまでの大統領は、エスブリシュメントに寄り添って内外の政策を決定、運営してきたと思い込んで反発し、庶民の味方と映るトランプに期待する人々。アメリカの人々は国際協調主義と孤立主義の狭間の中でどこへ向かう選択をするのでしょうか。
いったい、トランプは不動産王の守銭奴か、それともタブーに挑戦する勇者なのか。見極めに苦しむ私にあなたの存念を聞かせて下さい。(2018/12月23日、元内閣官房副長官)

『 恐怖の男 』(ボブ・ウッドワード著)は、守銭奴か、それとも勇者か?

『 恐怖の男 』(ボブ・ウッドワード著)は、守銭奴か、それとも勇者か?
安保政策研究会理事長  浅野勝人


待望の「 FEAR  TRUMP IN THE WHITE HOUSE 」の
翻訳本が出版されました。タイトルは「恐怖の男」。単行本532頁。
著者のボブ・ウッドワードは、「ウォーターゲイト事件」の調査報道でニクソン大統領を辞任に追いやった伝説の記者。現在ワシントン・ポスト副編集長です。
近頃、読書量(読書能力?)が落ちて、1冊読むのに従来の2倍時間がかかります。それでも、この著書に限って、わかりづらい箇所は遡(さかのぼ)って読み返しながら一気に読了しました。

事前に報道されたトランプ大統領の暴言と無知蒙昧ぶりを語る側近
の言動から暴露本と思い込んでいました。確かに大統領をめぐる赤裸々なやり取りは数え切れなくありますが、トランプ政治を事実に基づいて正確に評価しようとする“むき出しの”外交青書、防衛白書。経済・財政・通商白書を思わせる生々しいレポートと私は思いました。
著述は政策全般に及んでいますが、的を安保政策に限って目を通してみます。


「撤退する方法を考えなければならない。腐り果てている。アフガニスタンのやつらのために戦う甲斐はない」トランプ大統領のことばにマティス国防長官(人望厚い元海兵隊大将)はあきれて目を剥いた。
マクマスター安保担当大統領補佐官(陸軍中将)は、トランプ大統領に米軍のアフガン駐留の必要性を理解させるための会議を招集して、(2017/7月19日)目標を明らかにし、論点の大枠を説明した。トランプは退屈そうで、ろくに聞いていなかった。5分ほどたってから、急に口を挟んだ。
「アフガニスタンについてこうゆう馬鹿馬鹿しいことを17年聞かされてきたが、なんの実りもないじゃないか。同盟国は役に立たない。給料をもらうだけで戦わない幽霊兵士に金をむしり取られている。アメリカは年間13億ドルも出しているのに最悪だ。彼らはアメリカの金を使って遊んでいる。今後いっさい金は出さない」
軍最高幹部の将軍と上級顧問たちは25分間にわたって叱責された。
「アフガニスタンが闇の世界に戻り、第2の9 ・11事件が最初と同じ根幹から発生したと指摘されるような事態を招くことは放置できません」
マティスの説得に「われわれの本土や安全保障を護るために、あれをしろ、これをしろと金のかかる話を聞くのはうんざりした。あそこはめちゃくちゃだ。ぜんぶ嘘っぱちだ。機能する民主主義にはならない。完全に引き揚げた方がいい」とトランプが言った。
会議の後、「あの男はすごく知能が低い」ディラーソン(国務長官<日本の外務大臣> 2018/3月13日、解任)は、一同に聞こえるようにいった。大統領補佐官は、トランプと全面対決するしかないと悟った。(マクマスター、2018/3月22日 解任)

ジョン・ダウト大統領顧問弁護士は妻のキャロルに、「辞める」といった。トランプに電話して、辞めると告げた。(日頃、トランプが言っていることを言い返したかったが)それを面と向かっていうことはできなかった。“ あんたはクソったれの嘘つきだ ”(499頁)


2018/1月19日、マクマスターが、シチュエーション・ルームで国家安全保障会議を開いた。大統領と上層部 ― ディラーソン、マティス、ケリー(大統領首席補佐官)、ダンフォード大将(統合参謀本部議長)、ゲーリー・コーン国家経済会議委員長(2018/3月8日、辞任)― が韓国に関連する問題を話し合った。
トランプはすぐに要点を衝(つ)いた。「朝鮮半島に大軍を駐留させることで、われわれは何を得ているのか? 台湾を護ることでなにを得ているのか?」駐留費用と米軍部隊についての執念をまた持ち出した。
「アメリカは、アジア、中東、NATOで他国の防衛に金を注ぎ込んでいる。韓国がどうして友好国だといえるのか?」
マティスとダンフォードは、安定した民主主義を必要とする地域で、それが得られている。韓国は最強の防御拠点であり、利益はきわめて大きいと説明した。
特別アクセス・プログラム(SAP)の情報活動によって、アメリカは北朝鮮のミサイルの発射を7秒で探知できる。それが韓国にないと、アラスカの施設で探知できるのは発射から15分後になると改めて説いた。
マティスは、軍とインテリジェンスの能力を軽視されるのにうんざりして、「私たちは第3次世界大戦を防ぐために、こういったことをやっています」
落ち着いた声だったが、にべもない言い方だった。そこにいた何人もが、時間が止まったような心地を味わった。
トランプは、貿易赤字180億ドルと在韓米軍2万8,500人の駐留経費35億ドルの問題をけっして取り下げようとはしなかった。
「こんなバカげたことをしていなかったら、アメリカはもっと金持ちになれたはずだ。アメリカはいいカモになっている。集団防衛は、カモのいい例だ」
「国内インフラ向けに1兆ドル捻出することもできないのに、中東では、支出が7兆ドルにおよんでいる。だれかを護ることばかりに、私たちは金を払っている。ビジネスのことがまったくわかっていない。クソったれ揃いだ」
マティスには、NATOや中東の友好国や日本 ―ことに韓国― に、アメリカが喧嘩を仕掛ける理由が理解できなかった。
マティスは親しい補佐官に「大統領はまるで“小学校5、6年生のように振舞い、理解力もその程度しかない」と言った。


この時から11か月後、マティス国務長官は、今月20日(2018/12月)トランプ大統領に辞表を提出し、来年2月に退任することが決まりました。
辞任のきっかけは、トランプ大統領が、19日、シリアで過激派組織「イスラム国」と戦っている米軍2,000人の完全撤収を発表したことによります。同時にトランプ大統領は、アフガニスタン駐留米軍の半数にあたる7,000人を撤収するよう軍に指示したという報道もあって、ホワイトハウスと軍との方針が混迷しています。このためマティス長官は、同盟国の防衛や国際秩序を維持するアメリカの責任を強調して、最後の説得を試みましたが、入れられず、「抗議の辞任」をしました。12月は、ジョン・ケリー大統領首席補佐官(元海兵隊大将)の辞任に次いで2人目です。これで、マクマスター、ケリー、マティスと同盟重視・国際協調派の軍首脳はトランプ政権から姿を消しました。

「恐怖の男」を読み終えて、これではドナルド・ジョン・トランプを支持する人は一人もいなくなってしまうのではないかと思いました。
ところが、ベストセラーになった後のアメリカ、多くの人が「FEAR」を読んだ後のアメリカで、40%の人がトランプを支持しています。日本における安倍晋三と同じレベルの支持率です。
アメリカの人々は、歯に衣を着せない露骨な表現で、安保政策の転換をもとめ、移民の受け入れを拒否し、中国による知的財産の盗用をののしる大統領の政治姿勢に共感している人が少なくないからです。とりわけ、自由社会の平和と繁栄のために、自らの犠牲を顧みず、同盟国との友好関係を重視する国際協調を優先してきた歴代の大統領の政治にNOを突き付けるトランプの孤立主義、アメリカ第1主義に納得する人が少なくないからです。これまでの大統領は、エスブリシュメントに寄り添って内外の政策を決定、運営してきたと思い込んで反発し、庶民の味方と映るトランプに期待する人々。アメリカの人々は国際協調主義と孤立主義の狭間の中でどこへ向かう選択をするのでしょうか。
いったい、トランプは不動産王の守銭奴か、それともタブーに挑戦する勇者なのか。見極めに苦しむ私にあなたの存念を聞かせて下さい。(2018/12月23日、元内閣官房副長官)

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。