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◎平野は国政に「ごまかし」を持ち込むな

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◎平野は国政に「ごまかし」を持ち込むな                   杉浦正章
 「殿ご乱心」の印象を和らげたい気持ちは分かるが、政権が抱える最重要の問題で「ごまかし」だけはやめてもらいたい。官房長官・平野博文が首相・鳩山由紀夫のいう「決着」の定義をここ数日“軟化”させようと躍起になっている。鳩山自身が米国、沖縄、国民の3点合意を「決着」としているのに対して、平野は移転先と交渉が始まっていれば「決着」としたがっているのだ。鳩山の責任問題への波及を食い止めようという思惑が見え見えで見苦しい。もはや一官房長官が左右できる次元を越えた問題であることに気づくべきだ。
 外交・内政でぶれにぶれていた鳩山が、ここに来て普天間移設問題だけはなぜかぶれない。年末から三月末の党首討論、日米首脳会談にいたるまで一貫して5月末決着を言い続けている。党首討論では「5月末までに移転先を国民にもアメリカにも合意の上で決める」と明言した上で、「出来ないときにどうするといった弱い発想では交渉できない。命がけで交渉に臨んでいる」と政治生命をかけていることを強調した。大統領・オバマに対しても5月末決着を確約、15日には「決着とは米国、沖縄だけではなく、国民の皆さんも、この方向で行こうと理解を示すことが前提だ。基本的には3点満たされれば決着だ」としたうえで「私としても、これは覚悟を決めて臨んでいる話」と言い切った。
 誰がどう見ても退路を断つ発言を繰り返しているが、その真意はどこにあるのだろうか。筆者は二つの可能性があると思う。一つは自分が退路を断っていることを全く分かっていないこと。他の一つは退陣の覚悟を固めていることだ。前者は就任以来すべての言動が「分かっていないレベル」の首相だから、自分のその場しのぎの発言に単に酔っているだけと見ることができる。後者よりその可能性が大きい。5月末直前になって言い訳発言をして、ひんしゅくを買い、いよいよ野垂れ死に的に退陣に追い込まれるケースだ。後者の「退陣の覚悟」だが「命がけで交渉」とか「覚悟を決めて臨んでいる」は普通なら退陣の覚悟を決めなければ出てこない言葉だ。しかし問題は首相が「宇宙人」と言われるほどエキセントリックな性格の持ち主であり、言葉などは、その辺にあるものを適当に選んでつかっているだけというふしがあることだ。言葉が軽いのだ。前者か後者かはまだ見分けがつかないが、今後1か月半は前者と後者の間を浮遊して行きつ戻りつするのかもしれない。
 こうした首相を抱えて第一の側近役の平野も大変だろうと思う。しかし平野も国民の負託を受けた政治家であろう。「惻隠の情」を取るか「国の舵取り」を取るかを平野は今迫られているのである。スポットライトは集中して当たっていて、ごまかしは利かない。マスコミは「ごまかしともとれる発言を繰り返すのは、首相に政治責任が及ぶのを回避する予防線」(朝日新聞)と読み切っているのだ。国の政治の中枢にあるものが仮にも「ごまかし」と受け取られる発言を繰り返すべきではあるまい。普天間問題が象徴するものは鳩山内閣の政権担当能力の問題なのであり、ここは正直に力不足を認めてかぶとを脱ぐときだ。朝日は、政府高官が「こんな事で政府が壊れていくのは、悲しいものがある」と嘆いていると報じている。よほど食い込んでいないととれない言葉だ。しかしいみじくも「こんな事」という認識が、鳩山政権の“甘さ”を象徴しているのだ。


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